金武町は沖縄本島北部に位置するのどかな田舎の風景が広がる場所です。ガイドブック片手にドライブするのもいいですが、気の向くままに車を走らせるだけで思いもよらないステキな風景がたくさんあります。

金武町は農業と鳥に囲まれた町

金武町

金武町には「キャンプ・ハンセン」という大きな米軍基地があります。そのためゲート周辺の街並みは、米軍関係者向けのアメリカンチックな飲食店がズラリと並んでいます。とはいえアメリカンチックな飲食店街はあくまでもキャンプ・ハンセン近くの商店街のみで見られる風景であって、ゲートから外れ集落の方に入っていくと本物の金武町の風景が見られます。

金武町に住む地元住民の多くは農業に携わっていて、金武町の特産品である田芋のほかにも、稲やサトウキビの栽培も盛んです。だから米軍関係者や観光客が集まる表通りを過ぎると、そこは驚くほど美しい自然と穏やかな時間が流れています。

実はこんなにいろいろな観光スポットが点在ていた

金武町の地図

まずはこの地図を見てください。金武町の住宅地及び観光スポットを表示した地図です。この地図からもわかるように、キャンプ・ハンセンのゲート沿い及びその周辺に住宅街が集中しています。人々が集まるということは、宜野座村にまつわる様々な史跡も集落の中に紛れ込んでいます。

ちなみに下部にある「国道金武バイパス」がある方が海に近い地域になっており、バイパスから海までの間の広大な敷地に田芋や稲・サトウキビ畑が広がっています。

パワースポットも大量にある

金武町の地図上にオレンジの番号が振られています。これは金武町内にあるパワースポット(拝所)の場所を表しています。その中でも特におすすめしたいのは、「観音寺の鍾乳洞」と「長寿の泉」です。

観音寺は、地図上で言えば㉛で表示されている場所にあります。

観音寺

手入れの行き届いた和風庭園を見ながら奥に進んでいると、いかにも古いお寺が出てきます。これが観音寺です。

観音寺

観音寺は、16世紀頃日秀上人が建立したといわれています。日秀上人が琉球を訪れたのは、「唐に向かって船に乗っていたところ遭難して金武の港にたどり着いた」という説が最も有力ですが、中には「西方浄土を目指して船を出したところ金武にたどり着いた」という説もあります。

どちらにしても金武の港に漂着した日秀上人は、その後、現在観音寺の敷地内にある鍾乳洞を発見し、そこを布教活動の拠点としたといいます。その後さらに布教活動を広めるために建てたといわれているお堂が「観音寺」というわけです。

観音寺

鍾乳洞の中には人々の祈りの場が設けられており、今でも地元の人々の信仰の対象となっています。

人々の生活を支えた命の水【長寿の泉】

長寿の泉

観音寺の鍾乳洞と並んで今でも人々の祈りの場となっているのが、「長寿の泉」です。1日に1000トンもの水量を誇る長寿の泉は、昔から人々の生活を支える大切な水源でした。

今でも台風が貴重な水源とされている沖縄ですが、台風は水の恵みをもたらすだけでなく甚大な被害も引き起こします。とはいえ夏になると厳しい干ばつが起こるため、かつては水の確保が大きな問題でした。

長寿の泉

でも長寿の泉はそんな水不足の折でも、一度も枯れたことがないといわれている不思議な場所です。そのため人々の生活に欠かせないだけでなく、信仰の対象としても大切にされてきました。清らかな水の流れを見ていると、心まで清められるような気がします。

海も間近にある金武町

金武町は緑やパワースポットだけでなく、静かな海浜公園もあります。楽しみ方は人それぞれで、沖に向かって釣竿を垂らしてあたりが来るのをのんびり待っている人もいれば、小さな子どもを連れて浜辺でのんびりと遊んでいる親子の姿もあります。

「金武町は基地の街」というイメージが強いですが、それはあくまでも金武町が持つ表情の1つにすぎません。ちょっと寄り道して集落の中を散策するだけで、思いもよらないような懐かしい風景がたくさん残っています。

豊かな自然と沖縄時間が体験できる街・金武町。あなたもガイドブックを閉じて、気が向くままにドライブしてみてはいかがですか?

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